中心人物である虎子の周りにひたすら人間関係を拡大し続けることで「のみ」話を転がすという、ある意味希有な作風がいつまで持つのかと思っていたが、この巻に至って虎子の背景を掘り下げる新展開(しかし容赦のないネーミングセンスだ……)。一応伏線というか布石はあったのか。だからといって殊更にドラマが動く気配もなく。雰囲気漫画と言われそうだが、このなかなかない種類の雰囲気の良さだけでも買いだとは思う。ていうか何このテコ入れ幼女ありえねえ。こういうのアリな漫画だったのかいいぞもっとやれ、とまでは言わないが、この野放図な包容力は大したもんだなあ。そりゃアニメ化もされるわ。
日々のつぶやき
2008-04-11
魅惑のプロフェッショナル
久々の晴天。雨風ですっかり葉桜になってしまったが、武蔵野の八重桜や山桜、桃などはもうしばらく楽しめそう。花粉症も何だか軽くなってきたようだ。雨が続いたせいだろうか、シーズンの終わりか。だったらいいな。例によって遅い昼食は武蔵境「大戸屋」にて鶏と野菜の黒酢あん定食ごはん大盛。何かご飯の量がこれで大盛かってくらい少ないんだけど、まあ値段が据え置きだったのでいいや。「肉のハナマサ」で肉や野菜を買う。業務用食材店らしく、あらゆるものが大量、そして安い。ただし独り者では消費しがたく、網に詰まった玉葱一山を泣く泣くスルー。そして業務用に相応しく、パスタや冷食から菓子にまでくっつく「プロ仕様」のブランド名。私はプロと名のつくものに弱い。円谷プロ、プロフィールプロ、MacBook Pro、猿ゴルファープロ、中尾プロ。今度も「プロ仕様」と銘打たれた人形焼きの大袋を買ってしまいそうになるが危うく踏みとどまり、代わりにやはり「プロ仕様」のどら焼き1個を購入。帰宅後に食すも不味いよこのどら焼き。プロの名が泣くぞ。人形焼き買わなくて良かったー(ポリアンナ風)。このどら焼きとポテチ1袋、苺+プレーンヨーグルトを以て夕食とする。駄目だこの生活。
2008-04-10
2008-04-09
URIAH HEEP/HIGH AND MIGHTYほか
ブックオフにて猟盤。各500円。
URIAH HEEP/HIGH AND MIGHTY('76)
ジョン・ウェットン在籍時の唯一のアルバム。初期のプログレとハード・ロックの混淆したようないかがわしさは後退し、シンプルで引き締まったハード・ロックになった。1曲目"ONE WAY OR ANOTHER"がいきなりウェットンのヴォーカルとベースの活躍する、ファンキーなリフが格好良い曲であっと思わせるが、残念ながら彼のヴォーカルはこの1曲のみ。とはいえ、リードヴォーカルのデヴィッド・バイロンの、高域でひび割れながら抑揚ある歌声は、泣きのバラードを含めいかにも王道ハード・ロックに似付かわしい。派手さはないが好盤。
THE HEADHUNTERS/SURVIVAL OF THE FITTEST('75)
バンド創設者のハービー・ハンコックが抜けてプロデュースに回った。キーボードの味付けがないぶんリズム体が前に出て、ストレートなファンクネスが横溢する。それでもやはりハンコックのえげつないシンセサイザーは重要らしく、他のファンクバンドで代用が効くような気も。クルセイダーズやクール&ザ・ギャングでいいじゃん、みたいな。汎用性が高いネタものではあろう。
ISRAEL KAMAKAWIWO'OLE/FACING FUTURE('93)
風野春樹さんのブログを読んだ直後に発見した偶然に思わず購入。内容的には風野さんのエントリに尽きる。美声の巨漢に歌われる抵抗歌、という意味ではネヴィル・ブラザーズを連想しないでもない。ところで私はこの人の「ヨコヅナ」という、ハワイ出身力士たちのことを歌った曲をラジオで聴いて、その時はエキゾチックでユーモラスなノベルティソングの印象を出なかったのだが、思えばこれも異国で苦闘する同胞英雄への共感とエールを送った歌だったのだろうか。
高橋幸宏『BROADCAST FROM HEAVEN』(90年)
名曲「1%の関係」はじめ、「4:30amのイエティ」など鈴木慶一作詞とのコンビネーションが冴える、幸宏ソロ活動中興の傑作。シンガーソングライター、サウンドクリエーター、プレイヤーの要素がこの時期はまだ拮抗していた。やっぱりこの人はドラムを叩いてナンボではないかと。まあ今となっては腰が悪いから仕方ないか。ともあれ、等身大の男の情けなさを表現することへの自信(何だその自信)がこの頃には本人にも確立していたと思われ。その成果が幸宏を伝説のドラマーからマイナーなJ-POP歌手にしてしまったのだろうと言えば身も蓋もない。
クリームシチュー
昼食はびっくりドンキーにて日替わりハンバーグランチ。
夕食はベーコン・水菜・舞茸のペペロンチーノ、クリームシチュー。玉葱みじん切りを炒め、透明になったら乱切りのじゃがいも・人参・椎茸を加えて炒める。油が回ったら水を注ぎ、コンソメ加え煮込む。塩・胡椒で下味を付けた鶏肉をフライパンで焼き、白ワイン注ぎ、肉汁ごと鍋に合流。別鍋でバターを溶かし、小麦粉加えて弱火で加熱しながら練り合わせ、牛乳を注ぎダマにならないよう攪拌してホワイトソース作り、スープに溶かし入れ適当に煮込んで完成。玉葱と肉がいかれてきたので一気に処分すべく作ったが美味いね。何でクリームシチューは洋食屋やファミレスにないんだろう。クラムチャウダーとかポタージュでは代わりにならないのだ。いや自分で作るからいいんですけどね。
2008-04-08
食うより他にすることなし
終日強い雨風止まず。桜もこれで終わりか。夕方近くにバスで吉祥寺に出かけ、サンロード「天下寿司」にて105円皿×6。やはり公園口の店舗よりだいぶ落ちる。胃がもたれ今日の食事はこれでおしまい。
2008-04-07
『りぼん』4月号雑感(どひー
ドミンゴさんとあゆみさんから誕生日プレゼントにいただいた『りぼん』4月号を読む。そもそも身近に女児がいるわけでもない中年男が、付録付き少女漫画誌を読む機会など、望んで得られるものでもない。いやそんなこともないが望んだことはない。ないぞ。ともあれ数十年ぶりに読む『りぼん』、これが普通に面白かったのだ。以下に雑駁な印象を連ねてみる。
意外にメディアミックス作品が少ない。90年代にライバル誌の『なかよし』が『セーラームーン』で画期的な成功を収めて以来、『りぼん』や『ちゃお』などの競合他誌もアニメ化に向いた企画に一定の注力をしてきたが、現在の『りぼん』にはアニメ化された『アニマル横丁』や、現在も放映の続く『ちびまる子ちゃん』などがあるものの、主力はオーソドックスな学園恋愛ものが占めている。そこから魔法やSFなどの非現実的な要素が(ギャグ漫画と新人作品を除き)排除され、あくまでも実現可能なファンタジーに留めているのは、『りぼん』に限らない集英社少女漫画の送り手の見極めや見識だといえるだろう。
読者層は意外に高い。冒頭のグラビアページには「りぼんガール」なる小2から小6までの(!)専属モデルたちが掲載されており、対象読者の年齢にも重なっていると思われるのだが、実際の作品の主人公たちは中学生から高校生にほぼ限られている。小学生の女の子にとって、憧れを投影するのは年上のお姉さんたちの日常であって、等身大の小学生ではないのだろう(※)。そう考えれば小学生の仕事と恋愛の悩み(なんだそりゃ)に向き合った『こどものおもちゃ』はなかなかに冒険的な作品だったのだなあと思う。もっとも、中学生や高校生を描いた『りぼん』を、中学生や高校生が読んでも何らおかしくない、というより本来の読者であるともいえる。そう考えれば読者層の幅はずいぶんと広く想定されていそうだ。
『りぼん』のエースがわからない。連載陣の名前が、過去にアニメ化された作品の作者を除いて、誰一人見覚え聞き覚えがない。無論ネット上の情報も多くはない。いわゆる漫画ファンのトピックがいかに狭い範囲のものであるかが知れる(まあネットでレビューを書くような人は『りぼん』を読まないだろう)。それはさておき、『りぼん』は何気に少女漫画の表現を革新するような、あるいは個性的な作家を数多く生んでもきている。古くはもりたじゅん、一条ゆかり、大矢ちき、山岸凉子の少女劇画(という言葉はないのだがとにかく作風が濃い)時代から、一世を風靡した陸奥A子、太刀掛秀子、田淵由美子らのおとめちっく路線、近年でも谷川史子や、かの矢沢あいを輩出している(ていうかえらく間が空いているのはいかんともしがたい)。そういう、雑誌全体の色を染め上げるような中心作家というのが今は誰なのか、一見の読者には見当たらない。
とはいえどの作品も突出した部分こそないものの不満もなく楽しく読めてしまうのは、この先『マーガレット』『別マ』『Cookie』『コーラス』『YOU』へと続いていく、集英社の少女漫画の入口・基盤として『りぼん』を位置付ける編集意図の正しさを物語ってもいるのだろう。『ちゃお』や『なかよし』のメディアミックス路線が予め「消費/卒業されるもの」としてあるのに比べると、集英社少女漫画ピラミッドの存在感の確かさが、この『りぼん』の王道ぶりにも窺えるのではあるまいか。
と、総論として語れても、個々の作品感想というのは、あまりにも普通なぶん非常に語りにくいのでした。普通に面白かった、としか。ちなみに付録はいつかどこかのお嬢さんに届くことを願って託しましたよ。
ところで広告ページで知ったのだが、『マーガレット』第7号にタカハシマコが読み切りカラー40Pて! 集英社の少女漫画誌に描いた最初のコアマガジン出身者じゃないかしら。いやいつもの作風とは思うがちょっと読んでみたい。『りぼん』と何の関係もないですね。
※アニメ『セーラームーン』シリーズが4年目『SuperS』で失速したのは、主人公格にそれまでマスコット的存在だった「ちびうさ」を据えたからだと思っている。視聴者の女の子たちに必要なのは憧れのお姉さんとしてのセーラームーンであり、彼女を貶める生意気な幼女ではなかったのだ。ますます『りぼん』と関係ないですね。