日々のつぶやき

2008-03-16

5AM-11PM

5時に目が覚めてやむを得ず起床。布団を片付け、花粉対策で部屋干しの洗濯物を畳みシャワー歯磨きバームクーへンで空腹凌ぎつつネット逍遥、やがてプリキュア5鬼太郎マイメロハヤテを連続視聴、昼食作り食し伊集院のラジオを聞くうちに今日もまた日が暮れ——というありがちなパターンを避けるため降り注ぐ花粉の中を自転車で一路武蔵境へ。書店で『まんがタイムラブリー』立ち読み。山本ルンルンの新しい絵柄(目の描き方が変わった)にもそろそろ慣れてきたか。やっぱり抜群のストーリーテラーだ。
エクセルシオールカフェでコーヒー頼むと30円値上げの280円に。ドトールが200円になったのは驚かなかったが、この280円という価格には、ドトール以上スタバ以下という自分内の格付けが揺さぶられる衝撃があった(失礼な)。それにしてもマスクをした人が多い。店内の紙ナプキンが鼻紙代わりにもりもり消費されていく。いっそティッシュ箱を各席に設置したらどうか。人前で鼻をかむのが恥ずかしいならば、席の間に衝立を設けてブース状にすればいい。よりプライバシーを高めるなら個室化という手もある。閉塞感を癒すためネット端末とビデオを装備。そして目の前のティッシュは使い放題。……何やらカフェの領域を越え別次元のサービスに近づいてきた趣もあるが、業界に一石を投じる試みではあるだろう。あとは風営法との戦いあるのみ。

武蔵境のイトーヨーカ堂には世界の全てがある——そう信じていた時期が私にもあった。しかしヒトが進化の階梯を登り世界の殻を破ろうとするそのとき、けやき通りの彼方にベージュの殿堂は扉を開くのである。Jマート——ヒトはそれをホームセンターと呼ぶ。ここにはヨーカ堂にない全てのものが、とは言わないが相当なものがある。DIY用品やら似非カントリー家具やらに塗れて1時間半くらいは時間を潰せそうな気もするが(中途半端だな)日も暮れてきたのでゴミ分別用に複数のレジ袋を下げられるスタンド(これね)と、洗剤ボトル等の整理ラック、そしてティッシュ5箱パックを購入。160組でなく200組400枚5箱が255円とは! Jマートには世界を革命する力があるね! カードを使えない負け組なので用意した10円玉と1円玉で端数をきっちり処理、夕食に松屋でカレー野菜セット食って帰宅。さっそく購入物をガス台下にセット、イメージ通りの収納が実現した。やったよ近藤典子先生! そんなふうに今日も1日が終わろうとしています。昨日と今日の交差点。久々にアジムスでも聴くか。

昼食

明太子スパゲティ、豆腐とぶなしめじと葱とふのりの味噌汁。パスタをたっぷりの湯と塩で茹でつつ、明太子の皮を切り開き中身をこそげ取り、2/3をバター+乾燥バジルと一緒にボウルに移す。1/3は大蒜みじん切り、割いたぶなしめじとオリーヴ油で軽く炒める。まだ硬いパスタを茹で汁とともにフライパンに加え加熱。煮汁が煮詰まる寸前に水菜を投入、煮汁がなくなったらボウルに移し胡椒加えて和え、海苔を振って食す。昨日の味噌汁の残りに豆腐を足して完食。

2008-03-15

夕食

上石神井「ひもの屋」にて、黒ビール小瓶、突き出し(まぐろ大根、キャベツ+マヨネーズ)、いわしの丸干し2尾、さんまの丸干し+ご飯セット(サラダ、浅漬け、豚汁、ご飯)。〆て2千円弱。飲み屋だと食事だけでは申し訳ない気がして、つい余分に飲み食いしてしまう。新刊書店で桜井のりお『みつどもえ』4巻(秋田書店)、ブックオフで西村しのぶ『一緒に遭難したいひと』2巻(講談社)、紺野キタ『あかりをください』新装版(幻冬舎)を半額セール227円にて購入。紺野キタのは持ってた気もしたが(案の定持ってた)収録作が1本多いので良しとする。西友で豆腐と大蒜とカットバームクーヘン買って帰宅。

電信柱の影からこっそりと

http://d.hatena.ne.jp/dothemonkey/20080313#1205410878
http://d.hatena.ne.jp/dothemonkey/20080314#1205490915

「のど弁天」より「のど観音」のほうが、有難みを保ちつつ、原語に対応させる意味でより適切かと思われます。ご開帳!ご開帳!
ところで、レコードジャケットの装幀などで用いられる「観音開き」という語に思わず反応してしまうのは私だけではあるまい。そういえばELP『恐怖の頭脳改革』のジャケットは観音開きであったと記憶する。もっともご開帳されるはずだったのは観音様ではなくち(ry

昼食

焼鮭、鱈子と大根の煮付け、ホウレンソウのおひたし、ぶなしめじと葱とふのりの味噌汁、ご飯。1年近く冷凍庫に眠っていた鱈子を恐る恐る解凍し、細切りの大根と一緒に身をほぐしつつ酒と醤油で煮たが、全然大丈夫、美味しい。おひたしは先日の鍋会の名残のポン酢で。丼に残った飯を白子のりの茶漬で浚う。

D.I.Y.

「日記は、あくまでも書かないことが正しい」と断言して、それでもなお日記を書かなくてはならない場合どうしたらいいか、という対処法も先に引用した別役実の日記論には書かれているのだが、さすがにその手法はあんまりなので採用を自重したい。いや9ヶ月も日記を書いていないと書き方を忘れてしまうのだ。書けないついでにもうひとつ引用を重ねてみよう。

歩道の真ん中に車のホイールキャップや大きな木の板が落ちている。どちらもずっと前からその場所にあるように睦美には思われる。誰も道の脇にどけようとしない。

いつものように列の最後尾を歩いていたが、歩道に落ちている大きな板とホイールキャップのところに差しかかると、その意味を、というよりそれに意味があったことを突然理解した。
アスファルトのわずかなへこみにちょうどよくおかれたそれらを踏んでゆくことで、雨の日は皆が水たまりを避けることが出来るのだ!
毎朝の行進に、初めて互いの連帯を感じて睦美は不思議な興奮を覚える。感動しながら、板の上をそっと渡った。
感動はしたものの、渡り終えるとすぐに寂しくなった。この気持ちは誰ともわかちあえない。睦美の職場の人間はほとんど全員が自動車通勤だったし、前を歩く見知らぬ人間を呼び止めるわけにもいかない。
我々は連帯しながら断絶している。睦美はそう思った。
(長嶋有『泣かない女はいない』より)


「連帯しながら断絶している」という感覚は、私がインターネット上で日記を書くことのひとつの根拠だった気がする。気がするが、それはネット人口が少なく、自分の言葉が相手に届く姿を想像しにくい時代の錯覚だったかもしれない。みんなで同じものを見、同じものを読み、同じものを聞き、同じことについて考える。そうしたかりそめの連帯が仕様として組み込まれた強力なツールの前で、ひとりになることは難しい。連帯の前には断絶が必要なのだ。私が日記を書くのを止めたのは、結局ひとりになることが必要だったのだろう。

日記を書いていないこの期間、ひとりで音楽を聴き、本を読み、料理を作り、散歩をした。北海道の実家にも9月と1月に1ヶ月ずつ帰った。3月中にもう1度くらいスキーをしにいきたいと思っている。はてなでの最後の更新で書いた部屋の模様替えは概ね実現した。次は冷蔵庫の周りにスチールラックを組んで、冷蔵庫の上から天井までの全空間を収納にしたい。ペンダントライトの釣り下げコードを10cm短くしたり、排水パイプを避ける形でシンク下に棚を作ることのほうが、文章を書くよりもエキサイティングだ。それらは日記には記されていなくても確かにあったことだが、その確かさは私だけのもので、誰に証明する必要もない。自分の趣味嗜好を社会化したいという動機は、この間すっかりどこかに追いやられていた。

で、更新を再開しようとしているのだが、大きな理由があるわけでもない。部屋を片付けて快適になったせいかもしれないし、ものを書かないと痴呆化が加速するというかすかな危機感のせいかもしれない。もちろん圧倒的に暇であるというのは否定しがたい事実だが。ひとつのきっかけとしてはこの「Blogger」というツールを試してみたことだろう。この海外発のサービスの簡素さと融通性、扱いの容易さ、適当にユーザーを放っておいてくれる距離感に触れて、これではてなダイアリーを離れられると思った。テンプレートのhtmlを手探りし、文字の大きさや行間、色合いなどを調節しながら、部屋の模様替えにはまっていたときの熱がモニタの上にもいくぶん宿ってきたようだ。

山下スキルさんのリンク集にも(リンク集というのもネット上の編集文化として残ってほしいなあ)こちらのアドレスが登録された。「100円レコード買いまくり、そして聴きまくりレビューしまくり」なんて書かれてる。えーとね、最近は100円レコードに出物がなくなって、ブックオフの250円〜500円の棚が今熱い。まあそのうち何か書くでしょう。

大勢の視線を背に感じながら「ひとり」のふりで言葉を吐き出し続けることが、この新しい場所ならできるだろうか。今はカウンター型のレコードラックの上に炬燵の天板を載せ、机替わりにしてキーを叩いている。そのうちノートパソコンを収容できるスライド式のテーブル台を自作したいな。

2008-03-09

正しい日記の書き方

その不幸すらも日記の材料とし、不幸と感じ取り得ないことが彼の不幸なのである。

日記を書いていない人間だけが、生きることに専念することが出来る。生きることを、ひたすら生きるためにのみ、推進することが出来る。従って原則的なことを言えば、「正しい日記の書き方」などというものはない。日記は、あくまでも書かないことが正しい、のである。

(別役実「正しい日記の書き方」『日々の暮し方』より)