漫画
こうの史代『この世界の片隅に』下巻(双葉社)
全3巻まとめて読み返したいのに手元にないのがもどかしい。人が生きる日々の営みは「その時」を過ぎても、失われたものとともに緩やかに続いていくことを描いて、井上光晴『明日』を超えたのではないかと思う。
桜井のりお『みつどもえ』7巻(秋田書店)
とらのあなの特典イラストカードかなり欲しいんですけど! 東京に戻ったら買い直そうかなー。しかし吉祥寺店は知らぬ間に潰れていたのだった。それにしてもチャンピオンコミックスの品質は紙といい印刷といいカラーページといい素晴らしい。手書き文字の「ママにボクのブリーフをはかせてみました」もはっきり読み取れるよ! マーベラス!
CD
YOU『南向き』(96年)
ショコラ『ハムスター』(99年)
リップスライム『TOKYO CLASSIC』(02年)
THE BRAND NEW HEAVIES/SAME ('90)
FUGEES/BLUNTED ON REALITY ('94)
ARRESTED DEVELOPMENT/THE HEROES OF THE HARVEST ('01)
NIKKA COSTA/CAN'TNEVERDIDNOTHIN' ('05) ※CCCD
以上、文教堂のレンタル流れワゴンで各100円。まだ聴いてない。
日々のつぶやき
2009-05-13
購入メモ
2009-05-12
不良少年のキリスト
忌野清志郎の告別式で、遺族の前に故人のギターを掲げて立った仲井戸麗一に対して、取材カメラマンが「(遺族が)見えないよ」と注意し、チャボがしょんぼりとギターを下ろしたというニュースが、ネット上で話題となり怒りを買っている。
http://www.hamatyuu.no-ip.com/up_loader/img/up833.jpg
これに対しては、清志郎に近かった記者が、現場にいた自分には聞こえなかったし、悲しみに沈むチャボの耳には届かなかっただろう、と、ファンの加熱を牽制するような証言を行っている。
http://blue19812nd.blog50.fc2.com/blog-entry-786.html
(rickdomで知った。http://www.rickdom.com/archives/002131.html)
この一件が事実かどうかは、あまり重要ではないだろう(東スポの記事以外に情報源が見当たらないことだし)。ただし、いわゆる「マスゴミ」に対する、ネットでありがちな吹き上がりというのとも性質は違う。
みんな、この失礼なカメラマンに存在していてほしいのだ。チャボに、心無い言葉に傷ついてほしいのだ。そして、彼の傷と屈辱を、自分のものとしたいのだ。なぜなら、そのような傷と屈辱を受け続けることが、「ロック」の存在価値であるからだ。
20年も昔に読んだ、あるパンク系のミュージシャンのインタビューで、今でも印象深い言葉がある。
「本当に人を傷つけるパワーのあるヤツは、ロックなんて聴かない。赤いスポーツカーに乗ってサザンとかユーミンとか聴いてますよ」
「サザンとかユーミン」はロックではないのか、批判されるべきかはここでは問わない。ここでロックというのは、赤いスポーツカーに乗ってサザンとかユーミンとか聴く奴らに、蔑まれ傷つけられるために存在する、負性の表現なのだ。そしてその負性を自らのものとして引き受け、生きるためのエネルギーに反転させるものも、またロックなのだ。そこにはただの怒りや自虐とは違う、共感に基づいた励ましがある。
mixiの清志郎コミュに、清志郎の死に寄せたミュージシャンや著名人の追悼コメントをまとめるトピックが立っている。
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=42253243&comm_id=7765
私はこれを編集者の渡辺祐さんのブログで知った。
http://d.hatena.ne.jp/dothemonkey/20090510
この紹介エントリ自体がネット時代の優れた編集論として成立している。個人的な思いとしては、見逃してくれよと思う。言葉は吐き出された瞬間から、誰かに伝わり影響を与えることを夢見るものだろう。対価を得ることはその次だ。そして一度野に放たれた言葉が広がることを押しとどめることはできない。少なくともネット上で発表されたものならば、リンクと発言者の同一性が保たれているならば、広く共有されてこそ本望というものだ(リブログの思想はそういうものだろう)。商業媒体に載った発言に対しては、書籍化でもされるならともかく、それこそ見逃してくれよとしか言えない。
閑話休題。
この追悼まとめトピックに寄せられた言葉の多くは、清志郎と同時代に生きたミュージシャンたちによるものだ。そこにはオールドロッカーもパンクスもメタルもビジュアル系もBボーイもわけへだてなく存在している。いかれた格好の、世間からはみだした人間たちこそ、忌野清志郎に最も影響され、彼を必要とした者たちだ。
細野晴臣や大瀧詠一は、さまざまな音楽体験の入り口となりうる伝統を背負っているから素晴らしい、という、音楽ファンにありがちな言説がある。その伝で言うと忌野清志郎は、サザンソウルの伝統を日本語のヴォーカリストとして血肉化したから素晴らしい、という評価の在り方になるだろう。そうかもしれないが、それだけじゃない。むしろそれ以前に「音楽ファン」が一段下に置くような(そして残念ながら、私もしょせんその類いだろう)たくさんのバンドマンやラッパーたちが憧れ、生き方の範とした事実が重要なのだ。忌野清志郎の音楽は彼らのものだ。そして、誰のものであってもいいのだろう。「お前のものじゃない」なんて言わなければ。だから私も、清志郎のファンの末席にいさせてもらいたい。
告別式の日、カメラマンの罵声を浴びたというチャボのストーリー(そう、「ストーリー」)は、あまりにロック的だ。大切な場所で傷つけられ辱められたチャボは、あの時、彼の後ろにいる無数のはみ出し者や与太者たちに代わって、傷つけられ辱められたのだ。清志郎のぶんまで十字架を背負わされたチャボの重さは計り知れない。それでもいつか、この新しいブルースが仲井戸麗一の体を溢れ出して、その声とギターを震わせる日が来るだろう。
2009-05-11
けいおん!5、6話
http://www.tbs.co.jp/anime/k-on/
北海道では放映が2週遅れなのでゴニョゴニョ。
5話。ピロウズの人が覚醒してアホの子がデス声にチェンジする話。「萌え萌えキュン」の破壊力が(悪い意味で)強力だったので相当萎えてたんだけど、ちょっと回復。許せるベタと許せないベタの境界って何だろうと考えたら、そのベタが前提とする共通理解がどんなコミュニティに由来するかによるのかなあと思った。当たり前のこと言ってますか私。あと眉毛の人の属性が『みつどもえ』の眉毛の人とかぶってた。愛の形は人それぞれだよね!
6話。学園祭で黒髪ストレートがステージフライトで縞パンでなく縞ゴハンな話。「ライブアライブ」をもう一度はやれない、というのはわかった(あれヤマカンだしな)。演奏が上手すぎるのは、物語上の整合性よりも商品としての完成度を優先せざるを得なかったのかしら。好意的に考えれば、あのPV的なイメージ映像は「これは彼女たちの脳内で鳴っている理想の音で、実際にはもっとしょぼいんですよー」というエクスキューズかもしれない。で、その幻想に唯のデス声という現実が介入してくるという。にしても、1話と2話で見せた「ベタを超える新しい何か」の水準をまだ期待していてもいいのだろうか。そして、ギターを持った唯がおもむろに椅子に座るや、「うん・たん、うん・たん」と呟きつつメカニカルなシーケンスを猛スピードで弾き倒し、「変拍子に聞こえるけど、ただの4拍子なんですよ〜」とかへろへろ声で答える場面は来るのだろうか(来ねえよ)。
2009-05-03
自転車
少し離れたスーパーの朝市に、1人1本までの塩鮭を2本ゲットすべく、父と2人自転車を連ねて出かける。市電やバスがそれなりに充実しているものの、中心の繁華街が衰退し、郊外のショッピングモールでまとめ買いというスタイルが主流となりつつある函館市で、車なしでは不自由なのは多くの地方都市と変わらない。生活保護家庭でも車を2台持つというご近所の中で、運転免許を持つものがいないわが家では自転車が大活躍だ。戦時中は戦車に乗っていたというのになあ、うちの父。
そんなわけでいくぶんのカロリーを消費しつつ数分後には到着。いつも開始15分前には店の前に結構な長さの列ができているのだが、連休なので長さが倍以上になっている。開始時刻になって入ってみると、目当ての鮭がどこにもない。店員に訊くと、別店舗ではないかと言う。改めて持参していたチラシに目をやると、なんと別系列のスーパーだった。一番近くの店までさらに自転車で移動するも、肝心の鮭がどうも大きさがよろしくないということで、何も買わずに帰宅。朝からなかなか健康的なことだ。自転車はいいね。
あとは、終日YouTubeとともに過ごす。かの人も自転車が好きだった。
2009-05-02
五稜郭の桜
昼に五稜郭公園に家族で花見に出かける。函館の春は東京よりひと月遅い。桜も、足下の草花も今が盛り。堀にボートと並んで浮かぶのも、カモではなくカモメなのが海の街らしい。さすがに連休なので人出も多いが、堀と堤に挟まれた窪地のような場所に風呂敷を広げ、朝から姉が作ったおにぎりと唐揚げ、卵焼きを食べる。北海道の桜にはつきもののジンギスカンの匂いや歌声もここまでは届かない。陽光と鳥の声ばかりが静かに降り注ぐ。
公園の中央では、現在かつての箱館奉行所本陣の復元工事がおこなわれている。明治4年(1871年)に解体され、大正3年(1914)に公園として開放されて以来、奉行所の跡地は広いグラウンドになっていた。近くの高校に通っていた姉は、体育の授業をここで受けたという。もはや奉行所をその目で見た人間は存在しない。松林に縁取られた、だだっ広いグラウンドの光景こそが、函館市民にとっての原風景なのだ。
いつか、公園のグラウンドで野球やサッカーをした人間のすべてが、この世を去る日が来るのだろう。もうすぐ、奉行所のある五稜郭を当たり前の景色として気にも留めない世代が、再び大多数となるだろう。あらゆる人も風景も、わずか数十年で終わる人の一生の前を、一瞬で通り過ぎていく。あらゆる時間を同時に生きるトラルファマドール人なら、同じ場所に同じ城郭がストロボのように消えては立ち現れる姿を見ることができるだろうか。
公園を去り際に、桜の下でジンギスカンを楽しむ大勢の人々を目にした。年々歳々来ては去る、桜と人とジンギスカン。これもまた、函館市民の、あるいは道民の原風景なのだろう。まあうちはジンギスカン嫌いなんで関係ないんですけどね。