日々のつぶやき

2009-05-12

不良少年のキリスト

忌野清志郎の告別式で、遺族の前に故人のギターを掲げて立った仲井戸麗一に対して、取材カメラマンが「(遺族が)見えないよ」と注意し、チャボがしょんぼりとギターを下ろしたというニュースが、ネット上で話題となり怒りを買っている。

http://www.hamatyuu.no-ip.com/up_loader/img/up833.jpg

これに対しては、清志郎に近かった記者が、現場にいた自分には聞こえなかったし、悲しみに沈むチャボの耳には届かなかっただろう、と、ファンの加熱を牽制するような証言を行っている。

http://blue19812nd.blog50.fc2.com/blog-entry-786.html
(rickdomで知った。http://www.rickdom.com/archives/002131.html

この一件が事実かどうかは、あまり重要ではないだろう(東スポの記事以外に情報源が見当たらないことだし)。ただし、いわゆる「マスゴミ」に対する、ネットでありがちな吹き上がりというのとも性質は違う。

みんな、この失礼なカメラマンに存在していてほしいのだ。チャボに、心無い言葉に傷ついてほしいのだ。そして、彼の傷と屈辱を、自分のものとしたいのだ。なぜなら、そのような傷と屈辱を受け続けることが、「ロック」の存在価値であるからだ。

20年も昔に読んだ、あるパンク系のミュージシャンのインタビューで、今でも印象深い言葉がある。

「本当に人を傷つけるパワーのあるヤツは、ロックなんて聴かない。赤いスポーツカーに乗ってサザンとかユーミンとか聴いてますよ」

「サザンとかユーミン」はロックではないのか、批判されるべきかはここでは問わない。ここでロックというのは、赤いスポーツカーに乗ってサザンとかユーミンとか聴く奴らに、蔑まれ傷つけられるために存在する、負性の表現なのだ。そしてその負性を自らのものとして引き受け、生きるためのエネルギーに反転させるものも、またロックなのだ。そこにはただの怒りや自虐とは違う、共感に基づいた励ましがある。

mixiの清志郎コミュに、清志郎の死に寄せたミュージシャンや著名人の追悼コメントをまとめるトピックが立っている。

http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=42253243&comm_id=7765

私はこれを編集者の渡辺祐さんのブログで知った。

http://d.hatena.ne.jp/dothemonkey/20090510

この紹介エントリ自体がネット時代の優れた編集論として成立している。個人的な思いとしては、見逃してくれよと思う。言葉は吐き出された瞬間から、誰かに伝わり影響を与えることを夢見るものだろう。対価を得ることはその次だ。そして一度野に放たれた言葉が広がることを押しとどめることはできない。少なくともネット上で発表されたものならば、リンクと発言者の同一性が保たれているならば、広く共有されてこそ本望というものだ(リブログの思想はそういうものだろう)。商業媒体に載った発言に対しては、書籍化でもされるならともかく、それこそ見逃してくれよとしか言えない。

閑話休題。
この追悼まとめトピックに寄せられた言葉の多くは、清志郎と同時代に生きたミュージシャンたちによるものだ。そこにはオールドロッカーもパンクスもメタルもビジュアル系もBボーイもわけへだてなく存在している。いかれた格好の、世間からはみだした人間たちこそ、忌野清志郎に最も影響され、彼を必要とした者たちだ。

細野晴臣や大瀧詠一は、さまざまな音楽体験の入り口となりうる伝統を背負っているから素晴らしい、という、音楽ファンにありがちな言説がある。その伝で言うと忌野清志郎は、サザンソウルの伝統を日本語のヴォーカリストとして血肉化したから素晴らしい、という評価の在り方になるだろう。そうかもしれないが、それだけじゃない。むしろそれ以前に「音楽ファン」が一段下に置くような(そして残念ながら、私もしょせんその類いだろう)たくさんのバンドマンやラッパーたちが憧れ、生き方の範とした事実が重要なのだ。忌野清志郎の音楽は彼らのものだ。そして、誰のものであってもいいのだろう。「お前のものじゃない」なんて言わなければ。だから私も、清志郎のファンの末席にいさせてもらいたい。

告別式の日、カメラマンの罵声を浴びたというチャボのストーリー(そう、「ストーリー」)は、あまりにロック的だ。大切な場所で傷つけられ辱められたチャボは、あの時、彼の後ろにいる無数のはみ出し者や与太者たちに代わって、傷つけられ辱められたのだ。清志郎のぶんまで十字架を背負わされたチャボの重さは計り知れない。それでもいつか、この新しいブルースが仲井戸麗一の体を溢れ出して、その声とギターを震わせる日が来るだろう。