日々のつぶやき

2008-03-15

夕食

上石神井「ひもの屋」にて、黒ビール小瓶、突き出し(まぐろ大根、キャベツ+マヨネーズ)、いわしの丸干し2尾、さんまの丸干し+ご飯セット(サラダ、浅漬け、豚汁、ご飯)。〆て2千円弱。飲み屋だと食事だけでは申し訳ない気がして、つい余分に飲み食いしてしまう。新刊書店で桜井のりお『みつどもえ』4巻(秋田書店)、ブックオフで西村しのぶ『一緒に遭難したいひと』2巻(講談社)、紺野キタ『あかりをください』新装版(幻冬舎)を半額セール227円にて購入。紺野キタのは持ってた気もしたが(案の定持ってた)収録作が1本多いので良しとする。西友で豆腐と大蒜とカットバームクーヘン買って帰宅。

電信柱の影からこっそりと

http://d.hatena.ne.jp/dothemonkey/20080313#1205410878
http://d.hatena.ne.jp/dothemonkey/20080314#1205490915

「のど弁天」より「のど観音」のほうが、有難みを保ちつつ、原語に対応させる意味でより適切かと思われます。ご開帳!ご開帳!
ところで、レコードジャケットの装幀などで用いられる「観音開き」という語に思わず反応してしまうのは私だけではあるまい。そういえばELP『恐怖の頭脳改革』のジャケットは観音開きであったと記憶する。もっともご開帳されるはずだったのは観音様ではなくち(ry

昼食

焼鮭、鱈子と大根の煮付け、ホウレンソウのおひたし、ぶなしめじと葱とふのりの味噌汁、ご飯。1年近く冷凍庫に眠っていた鱈子を恐る恐る解凍し、細切りの大根と一緒に身をほぐしつつ酒と醤油で煮たが、全然大丈夫、美味しい。おひたしは先日の鍋会の名残のポン酢で。丼に残った飯を白子のりの茶漬で浚う。

D.I.Y.

「日記は、あくまでも書かないことが正しい」と断言して、それでもなお日記を書かなくてはならない場合どうしたらいいか、という対処法も先に引用した別役実の日記論には書かれているのだが、さすがにその手法はあんまりなので採用を自重したい。いや9ヶ月も日記を書いていないと書き方を忘れてしまうのだ。書けないついでにもうひとつ引用を重ねてみよう。

歩道の真ん中に車のホイールキャップや大きな木の板が落ちている。どちらもずっと前からその場所にあるように睦美には思われる。誰も道の脇にどけようとしない。

いつものように列の最後尾を歩いていたが、歩道に落ちている大きな板とホイールキャップのところに差しかかると、その意味を、というよりそれに意味があったことを突然理解した。
アスファルトのわずかなへこみにちょうどよくおかれたそれらを踏んでゆくことで、雨の日は皆が水たまりを避けることが出来るのだ!
毎朝の行進に、初めて互いの連帯を感じて睦美は不思議な興奮を覚える。感動しながら、板の上をそっと渡った。
感動はしたものの、渡り終えるとすぐに寂しくなった。この気持ちは誰ともわかちあえない。睦美の職場の人間はほとんど全員が自動車通勤だったし、前を歩く見知らぬ人間を呼び止めるわけにもいかない。
我々は連帯しながら断絶している。睦美はそう思った。
(長嶋有『泣かない女はいない』より)


「連帯しながら断絶している」という感覚は、私がインターネット上で日記を書くことのひとつの根拠だった気がする。気がするが、それはネット人口が少なく、自分の言葉が相手に届く姿を想像しにくい時代の錯覚だったかもしれない。みんなで同じものを見、同じものを読み、同じものを聞き、同じことについて考える。そうしたかりそめの連帯が仕様として組み込まれた強力なツールの前で、ひとりになることは難しい。連帯の前には断絶が必要なのだ。私が日記を書くのを止めたのは、結局ひとりになることが必要だったのだろう。

日記を書いていないこの期間、ひとりで音楽を聴き、本を読み、料理を作り、散歩をした。北海道の実家にも9月と1月に1ヶ月ずつ帰った。3月中にもう1度くらいスキーをしにいきたいと思っている。はてなでの最後の更新で書いた部屋の模様替えは概ね実現した。次は冷蔵庫の周りにスチールラックを組んで、冷蔵庫の上から天井までの全空間を収納にしたい。ペンダントライトの釣り下げコードを10cm短くしたり、排水パイプを避ける形でシンク下に棚を作ることのほうが、文章を書くよりもエキサイティングだ。それらは日記には記されていなくても確かにあったことだが、その確かさは私だけのもので、誰に証明する必要もない。自分の趣味嗜好を社会化したいという動機は、この間すっかりどこかに追いやられていた。

で、更新を再開しようとしているのだが、大きな理由があるわけでもない。部屋を片付けて快適になったせいかもしれないし、ものを書かないと痴呆化が加速するというかすかな危機感のせいかもしれない。もちろん圧倒的に暇であるというのは否定しがたい事実だが。ひとつのきっかけとしてはこの「Blogger」というツールを試してみたことだろう。この海外発のサービスの簡素さと融通性、扱いの容易さ、適当にユーザーを放っておいてくれる距離感に触れて、これではてなダイアリーを離れられると思った。テンプレートのhtmlを手探りし、文字の大きさや行間、色合いなどを調節しながら、部屋の模様替えにはまっていたときの熱がモニタの上にもいくぶん宿ってきたようだ。

山下スキルさんのリンク集にも(リンク集というのもネット上の編集文化として残ってほしいなあ)こちらのアドレスが登録された。「100円レコード買いまくり、そして聴きまくりレビューしまくり」なんて書かれてる。えーとね、最近は100円レコードに出物がなくなって、ブックオフの250円〜500円の棚が今熱い。まあそのうち何か書くでしょう。

大勢の視線を背に感じながら「ひとり」のふりで言葉を吐き出し続けることが、この新しい場所ならできるだろうか。今はカウンター型のレコードラックの上に炬燵の天板を載せ、机替わりにしてキーを叩いている。そのうちノートパソコンを収容できるスライド式のテーブル台を自作したいな。